溶接・溶断作業は、建設現場において火災・感電・爆発・健康障害の4つのリスクが同時に存在する高危険作業である。適切な安全管理を行わなければ、重篤な労働災害につながる。
厚生労働省は令和3年4月より、溶接ヒュームを特定化学物質(第2類物質)に指定した。さらに令和6年1月からは、金属アーク溶接等作業主任者の選任要件が改訂された。法令の変化に対応した安全管理体制の整備が求められる。
本記事では、アーク溶接の感電防止・ガス切断の逆火防止・火気養生の実務・溶接ヒューム対策の4分野について、安全管理者が実行すべき手順を解説する。
溶接・溶断作業のリスク全体像
溶接・溶断作業には、他の作業に比べて多種多様なリスクが集中している。安全管理者はリスクを4つのカテゴリに分類して把握する必要がある。
| リスクカテゴリ |
主な危険源 |
主な作業種別 |
| 感電 |
溶接棒・ホルダーの充電部への接触 |
アーク溶接全般 |
| 火災・爆発 |
火花・スパッタの飛散、逆火、ガス漏れ |
ガス溶断・アーク溶接 |
| 有害物質 |
溶接ヒューム(マンガン等)、一酸化炭素 |
金属アーク溶接(特に屋内・密閉空間) |
| 光・熱 |
アーク光(紫外線・可視光)、スパッタによる火傷 |
アーク溶接全般 |
29.5%
建設業が全産業の死亡者数に占める割合(2023年)
223人
建設業の死亡者数(2023年・令和5年)
R3年
溶接ヒュームの特化則指定(2021年4月施行)
出典:厚生労働省「令和5年の労働災害発生状況」、厚生労働省「溶接ヒュームに係る特定化学物質障害予防規則の改正」
感電死亡災害は夏場(7〜9月)に集中する傾向がある。発汗による皮膚抵抗の低下が原因だ。また、30人未満の小規模事業場での発生が多い点も特徴である。安全管理体制が手薄になりがちな中小現場ほど、対策の徹底が重要だ。
法令上の義務:作業主任者・特別教育
溶接・溶断作業を現場で行う前に、法令上の義務を確認する必要がある。主な義務は「作業主任者の選任」と「特別教育の実施」の2点である。
金属アーク溶接等作業主任者
2022年4月以降、金属アーク溶接等作業には特定化学物質作業主任者の選任が義務付けられた。2024年1月1日からは、金属アーク溶接等作業に特化した限定技能講習(1日間)修了者からの選任も認められるようになった。
根拠法令:労働安全衛生法第14条・特化則
事業者は、金属アーク溶接等作業(屋内作業場等で継続して行うものに限る)を行う場合、金属アーク溶接等作業主任者(限定技能講習修了者を含む)を選任しなければならない。(特定化学物質障害予防規則第27条)
アーク溶接等の特別教育
アーク溶接等の業務に新たに就く労働者には、特別教育(学科11時間+実技10時間)の実施が義務付けられている。(労働安全衛生規則第36条第3号)
ガス溶接作業主任者
アセチレン溶接装置またはガス集合溶接装置を使用する溶接・溶断作業では、ガス溶接作業主任者免許取得者の選任が必要だ。(労働安全衛生法第14条)ただし、単一のガスボンベと酸素ボンベ1本ずつを使用する一般的なガス切断作業は選任不要である。
| 作業種別 |
必要な資格・措置 |
根拠 |
| 金属アーク溶接等(屋内継続) |
金属アーク溶接等作業主任者の選任 |
特化則第27条 |
| アーク溶接等業務全般 |
特別教育(学科11h+実技10h) |
安衛則第36条第3号 |
| ガス集合溶接装置使用作業 |
ガス溶接作業主任者の選任 |
安衛法第14条 |
| ガス溶接・溶断業務全般 |
ガス溶接技能講習修了 |
安衛則第61条 |
アーク溶接の感電防止:5つの実施手順
交流アーク溶接機の無負荷電圧は50〜80Vに達する。人体の致死電流は60Hz交流で約50mAとされており、条件次第で死亡災害につながる。感電防止は作業前の準備段階から徹底する必要がある。
-
1
自動電撃防止装置の取付け・点検
交流アーク溶接機には、自動電撃防止装置(電防装置)を取り付ける。電防装置は溶接停止時に出力側電圧を1.5秒以内に30V以下に低下させる。高さ2m以上の鉄骨作業および導電体に囲まれた狭隘箇所では義務付けられている。使用頻度・設置場所に応じて6か月以内ごとに1回、検査・記録を行う。
-
2
絶縁保護具・防護具の着用確認
溶接作業者は、絶縁性の溶接用手袋・乾燥した作業服・絶縁長靴を着用する。破損・濡れた手袋は絶縁性能が大幅に低下するため、使用前に目視点検を実施する。夏場の発汗による皮膚抵抗低下を補うため、乾燥した状態を維持することが重要だ。
-
3
溶接機・ケーブルの点検
溶接機の接地(アース)が確実に施されているかを確認する。ホルダーケーブル・アースケーブルの被覆損傷・接続部の緩みをチェックする。損傷部はビニールテープによる応急処置ではなく、適切な部材での補修または交換が必要だ。
-
4
作業姿勢・環境の確認
濡れた床・鉄板・鉄骨の上での作業では、絶縁マットを敷設する。狭隘空間での作業では、換気とともに監視者を配置する。溶接棒の交換時は、必ず溶接機の電源を切るか、ホルダーを絶縁部のみを持って行う。
-
5
緊急時対応の周知
感電者が発生した場合は、直接触れて救助しない。電源を切断するか、絶縁物(乾燥した木材・ゴム手袋等)を用いて感電者を電路から引き離す。作業前に電源の遮断方法と救護体制を全作業員に周知しておく。
夏場の感電リスクに注意
感電死亡災害は7・8・9月に集中する。発汗で皮膚抵抗が下がり、通電しやすくなるためだ。夏場は特に絶縁保護具の乾燥状態維持と、こまめな交換が欠かせない。
ガス切断の逆火防止:5つの実施手順
逆火とは、炎がホース内に逆流する現象だ。逆火が発生すると爆発・火災・器具の損傷が起き、作業者に重篤な火傷や爆傷を与える。ガス切断では逆火防止が安全管理の最重要課題だ。
逆火の主な原因
- 切断速度が遅すぎる、またはガス圧が不足している
- 切断チップの詰まり・過熱
- チップと被切断物の距離が近すぎる
- ガス圧力設定の誤り(酸素圧が高すぎる等)
- ホースの折れ曲がりによる流量不足
-
1
逆火防止器(安全器)の確実な取付け
吹管(トーチ)のガス入口に逆火防止器を取り付ける。ガス集合溶接装置では、主管および分岐管にそれぞれ安全器を設置する(労働安全衛生規則第311条)。吹管1本に対して安全器が2個以上になる配置が義務付けられている。使用前に逆止弁の動作確認を行う。
-
2
ガス圧力の適正設定と漏れ確認
アセチレンガスの最高使用圧力は1kgf/cm²以下(0.1MPa以下)に設定する。作業開始前に石けん水等でホース接続部の気密確認を行う。バルブの開閉は2回転以内とし、急激な開閉は避ける。ガス漏れを感知した場合は直ちに作業を中断する。
-
3
チップの点検・清掃
切断チップは作業前に詰まり・変形がないかを確認する。チップの過熱は逆火の直接原因となるため、過熱を感じたら作業を中断し、冷却する。清掃にはチップクリーナーを使用し、ドリルや硬い器具での無理な貫通は禁止だ。
-
4
点火・消火の正しい手順の遵守
点火時はまず可燃性ガス(アセチレン等)のバルブを少し開き、点火してから酸素を調節する。消火時は酸素バルブを先に閉め、その後可燃性ガスバルブを閉める。逆の手順をとるとすすが発生したり、逆火の原因となる。点火にはライターではなく着火器(マッチングツール)を使用する。
-
5
ボンベの安全な保管・取扱い
酸素ボンベとアセチレンボンベは、それぞれ専用の保管場所に立てた状態で固定する。両者は2m以上離して保管するか、不燃材料の仕切りを設ける。保管場所は直射日光・熱源から遠ざけ、転倒防止金具で固定する。作業後はボンベバルブを確実に閉鎖する。
逆火発生時の対処
逆火が発生したら、直ちに酸素バルブを閉め、次いでアセチレンバルブを閉める。チップが熱を持っている場合は、水中に浸して冷却する。逆火後は必ず逆火防止器の動作状態を確認してから再使用する。
溶接・溶断作業の安全チェックリストを入手
AnzenAIなら、現場の作業内容に合わせた安全チェックリストをAIが自動生成。手書き作成の手間を削減できる。
チェックリストを入手する
火気養生の設置手順と範囲の考え方
溶接・溶断作業の火花・スパッタは数メートル飛散する。適切な火気養生を設置しなければ、周囲の可燃物に着火して火災が発生する。建設現場での火災の多くは、火気作業の養生不足が原因だ。
火気養生の基本的な考え方
火気作業場所の周囲は、作業区画を設置して防炎シートで養生する。スパッタの飛散距離を考慮し、作業点を中心として水平・垂直両方向の養生が必要だ。下方の養生だけでなく、上方・側面への飛散も想定した範囲設定が重要だ。
| 養生の方向 |
標準的な設置範囲の目安 |
使用資材 |
| 水平方向(周囲) |
作業点から半径3〜5m(スパッタ飛散を考慮) |
防炎シート、耐火養生シート |
| 下方(床面) |
作業点直下および周囲の可燃物上 |
防炎シート(不燃性) |
| 上方・側面 |
天井・壁の断熱材・木材等の可燃物全域 |
防炎シート、不燃ボード |
| 隣接区画 |
貫通スリーブ・隙間を通じた飛び火の到達範囲 |
ロックウール、耐火パテ |
出典:東京消防庁「工事中の防火管理」、厚生労働省「溶接・溶断に関する作業者が注意すべき事項」
火気養生の実施ステップ
-
1
作業前の可燃物の除去・隔離
作業範囲内の可燃物(段ボール・木材・断熱材・ウレタン等)をすべて取り除く。除去できない可燃物は防炎シートで完全に被覆する。特にウレタン断熱材は着火しやすく、完全に遮蔽しなければならない。
-
2
防炎シートの確実な設置
防炎ラベルが貼付された防炎物品(消防法適合品)を使用する。シートはすき間が生じないように重ねて設置し、クランプや固定金具で確実に固定する。床面は防炎シートを敷き込み、スパッタが可燃物に到達しない状態にする。
-
3
消火器の配置と火気監視員の配置
作業箇所の近傍に消火器を配置する。火気作業中は火気監視員(火元責任者)を作業場所に常駐させる。火気監視員は作業終了後も一定時間(最低30分以上)残留して残り火・くすぶりがないかを確認する。
-
4
作業終了後の確認
溶接・溶断終了後は、スパッタが可燃物上にないかを全面確認する。養生シートを取り外す前に、スパッタの付着状況を点検する。隙間・貫通部への飛び火がないか、隣接区画も確認する。
くすぶり火災に注意
溶接・溶断後の火災は、作業終了後数時間以上経過してから発生するケースがある。スパッタが断熱材や木材の内部に潜り込み、時間をかけてくすぶるためだ。作業当日は監視時間を十分に確保する。
溶接ヒューム対策:特化則対応の実務
溶接ヒュームは、溶融金属から発生する微細な金属粒子の集合体だ。マンガンを含む溶接ヒュームを長期吸入すると、神経障害(溶接工パーキンソン症候群)を引き起こす。令和3年4月以降、溶接ヒュームは特定化学物質(第2類物質)として特化則の規制対象となった。
屋内作業場での主な義務
| 義務内容 |
詳細 |
根拠規則 |
| 換気措置 |
全体換気装置または局所排気装置の設置・稼働 |
特化則第38条の21 |
| 呼吸用保護具 |
防じんマスク(RS3またはRL3以上)または電動ファン付き呼吸用保護具(PAPR)の着用 |
特化則第38条の21 |
| フィットテスト |
面体形マスク着用者は年1回以上の定量的フィットテストを実施 |
特化則第38条の21第2項 |
| 健康診断 |
雇入れ時・配置換え時、その後6か月以内ごとに1回 |
特化則第39条 |
| 作業主任者の選任 |
金属アーク溶接等作業主任者(限定技能講習修了者を含む)を選任 |
特化則第27条 |
出典:厚生労働省「令和2年4月の特定化学物質障害予防規則等の改正」、三重労働局「金属アーク溶接等作業に対する規制の強化について」
屋外作業場での対応
屋外作業場や隣接する屋内作業場から開放されている場所では、全体換気装置の設置義務は適用されない。ただし、呼吸用保護具の着用義務は屋外作業にも適用される。屋外だからといって無防備に作業することは許されない。
ガス切断はヒューム規制の対象外
ガス切断は金属を酸化反応で溶断する作業であり、金属蒸気が発生するほどの高温には達しない。そのため、ガス切断は溶接ヒューム規制(特化則改正)の適用対象には含まれない。ただし、一酸化炭素・ガス漏れによる酸欠・爆発のリスクは別途管理が必要だ。
呼吸用保護具の選定ポイント
防じんマスクはRS3またはRL3以上(フィルタ捕集効率99.9%以上)を選定する。狭隘な空間や長時間の作業では、ルーズフィット形の電動ファン付き呼吸用保護具(PAPR)が有効だ。ルーズフィット形PAPRはフィットテストの対象外であるため、管理が容易な利点もある。
フィットテストの実施義務に注意
面体形マスク(防じんマスク・面体形PAPR)を着用させる場合、年1回以上の定量的フィットテストが義務付けられている。フィットテストを未実施のまま作業させることは、特化則違反となる。
溶接・溶断作業の安全チェックリストを入手
AnzenAIなら、現場の作業内容に合わせた安全チェックリストをAIが自動生成。手書き作成の手間を削減できる。
チェックリストを入手する
溶接・溶断作業の安全管理には、KY表・作業手順書・チェックリストなどの書類整備が欠かせない。これらを効率的に作成・管理するツールを活用することで、安全管理の品質と現場の生産性を両立できる。
まとめ:溶接・溶断作業の安全管理チェックポイント
本記事の要点を整理する。
- 法令対応の確認が最優先。金属アーク溶接等作業主任者の選任・特別教育の実施・フィットテストの実施は義務である。2024年1月からの改正内容も確認が必要だ。
- 感電防止の要は電防装置と絶縁保護具。自動電撃防止装置を取り付け、乾燥した絶縁手袋・作業服を着用する。夏場は特に注意が必要だ。
- ガス切断の逆火防止には逆火防止器が不可欠。吹管への逆火防止器取付けを徹底し、点火・消火の正しい手順を全作業員に教育する。
- 火気養生は「除去・遮蔽・監視」の3点セット。可燃物の除去、防炎シートによる遮蔽、作業後の火気監視員による残火確認を徹底する。
- 溶接ヒューム対策は特化則に従い体系的に実施。換気措置・呼吸用保護具・健康診断・フィットテストをセットで管理する。
溶接・溶断作業の安全管理は、作業前の準備段階で8割が決まる。KY活動・作業手順書・チェックリストを活用し、毎回の作業で確認を怠らない体制を構築することが重要だ。