法令

化学物質の自律的管理
建設現場の塗料・溶剤・接着剤リスク対策

2026年3月7日  |  読了目安 約8分  |  対象:安全管理者

建設現場では塗料、溶剤、接着剤など多くの化学物質が日常的に使用されている。2024年4月の労働安全衛生法改正により、化学物質の管理は「個別規制型」から「自律的管理」へと大きく転換した。事業者自らがリスクアセスメントを実施し、ばく露防止措置を講じる責任を負う体制である。

しかし建設業の現場では「どの製品がリスクアセスメント対象になるのか分からない」「SDSをもらったが読み方が分からない」「化学物質管理者は誰を選任すればよいのか」という声が少なくない。

本記事では、建設現場で使用頻度の高い塗料・溶剤・接着剤を中心に、化学物質の自律的管理に必要な手順を実務レベルで解説する。

目次
  1. なぜ「自律的管理」へ移行したのか
  2. 建設現場で扱う主な化学物質と健康リスク
  3. 自律的管理の5ステップ
  4. SDS確認と濃度基準値の読み方
  5. 化学物質管理者の選任と役割
  6. 現場で使えるチェックリスト
  7. 化学物質管理を支援するツール
  8. まとめ

なぜ「自律的管理」へ移行したのか

従来の化学物質規制は、特定化学物質障害予防規則や有機溶剤中毒予防規則など、物質ごとに個別の規制を設ける方式だった。しかし、この方式では規制対象外の化学物質による災害を防げない構造的な問題があった。

厚生労働省の分析によると、化学物質の性状に関連する労働災害は直近10年間で年間約500件前後で推移し、減少傾向が見られなかった。災害の多くは規制対象外の物質によるものであり、個別規制だけでは限界があることが明確になった。

~500件/年
化学物質関連の労働災害(直近10年平均)
~2,300物質
リスクアセスメント対象物(2026年4月予定)
2024年4月
自律的管理の全面施行

出典:厚生労働省「化学物質の性状に関連の強い労働災害の分析結果」、厚生労働省「職場の化学物質管理総合サイト(ケミサポ)」

こうした背景から、2022年の安衛法改正(2024年4月全面施行)で導入されたのが「自律的管理」の枠組みである。事業者が自らSDSを確認し、リスクアセスメントを実施し、ばく露防止措置を選択・実行する責任を持つ仕組みへと転換した。

改正安衛法の基本的な考え方
国がすべての化学物質に個別の規制を定めるのではなく、危険性・有害性が確認された物質について事業者自らがリスクアセスメントを行い、その結果に基づいて自律的にばく露防止措置を講じる。国は濃度基準値の設定と技術指針の提示で事業者を支援する。

建設現場で扱う主な化学物質と健康リスク

建設現場では、意識せずに化学物質を取り扱っている場面が多い。塗装、防水、接着、洗浄といった一般的な作業で使用される製品の多くにリスクアセスメント対象物質が含まれている。

作業 使用製品例 含まれる主な有害物質 主な健康リスク
塗装 油性塗料、ラッカー トルエン、キシレン、エチルベンゼン 中枢神経障害、頭痛、めまい
防水 ウレタン防水材 イソシアネート類(TDI・MDI) 喘息、皮膚感作、呼吸器障害
接着・シーリング エポキシ接着剤、シーリング材 エポキシ樹脂、ビスフェノールA 皮膚炎、アレルギー性接触皮膚炎
洗浄 シンナー、剥離剤 メチレンクロライド、アセトン 肝障害、中枢神経障害
溶接 溶接棒、フラックス マンガン化合物、六価クロム じん肺、神経障害
見落としやすい化学物質リスク
防水塗装や接着作業で使用されるイソシアネート類は、SDSに記載がなくても現場で検出される場合がある。建災防の調査では、許容濃度の1/2程度の濃度が検出された事例が報告されている。「SDSに書いていないから安全」とは判断できない。

自律的管理の5ステップ

建設現場で化学物質の自律的管理を進めるには、以下の5つのステップを順に実行する。

CREATE-SIMPLEとは
厚生労働省が無料で提供するリスクアセスメント支援ツール。化学物質の種類、使用量、作業環境などを入力すると推定ばく露濃度が算出され、濃度基準値との比較が可能になる。建設業向けの入力パターンも用意されている。

化学物質リスクアセスメント チェックリスト

建設現場の化学物質管理に必要な確認項目を網羅。SDS確認からばく露防止措置まで一覧で管理できます。

チェックリストを入手する

SDS確認と濃度基準値の読み方

SDSは化学物質管理の出発点である。しかし16項目にわたる情報量の多さから、現場担当者が「どこを見ればよいか」に迷うケースが多い。建設現場のリスクアセスメントで最低限確認すべき項目を整理する。

SDSで確認すべき重点項目

SDS項目番号 項目名 確認すべき内容
第2項 危険有害性の要約 GHS分類、絵表示、注意喚起語(「危険」「警告」)
第3項 組成・成分情報 含有成分名と含有率(リスクアセスメント対象物質の有無)
第8項 ばく露防止・保護措置 許容濃度、濃度基準値、推奨保護具の種類
第11項 有害性情報 急性毒性、発がん性、生殖毒性の有無
第15項 適用法令 安衛法、特化則、有機則の適用有無

濃度基準値とは

濃度基準値とは、労働者のばく露濃度をこの値以下に保つことが義務付けられる数値である。厚生労働大臣が告示で定める。2024年4月時点で濃度基準値が設定された物質は67物質であり、段階的に追加されている。

濃度基準値には「8時間濃度基準値」(8時間TWA)と「短時間濃度基準値」(15分間の平均値)の2種類がある。建設現場では短時間に高濃度のばく露が発生しやすいため、短時間濃度基準値にも注意が必要である。

裾切値の確認も忘れずに
リスクアセスメント対象物質の含有率が「裾切値」以上であれば、その製品全体がリスクアセスメント対象となる。裾切値は物質によって0.1%または1%と異なるため、SDS第3項の含有率とあわせて確認する。

化学物質管理者の選任と役割

2024年4月から、リスクアセスメント対象物を製造・取り扱うすべての事業場で化学物質管理者の選任が義務化された。建設業も例外ではない。

選任要件

事業場の区分 選任要件
リスクアセスメント対象物を製造する事業場 専門的講習(厚労省告示に基づく講習)の修了者
リスクアセスメント対象物を取り扱う事業場(建設業はこちら) 資格要件なし。ただし必要な教育を受けた者が望ましい

建設業は「取り扱い事業場」に該当するため、法律上は資格要件がない。しかし、化学物質管理者講習を修了した者を選任することが実務上は強く推奨されている。

化学物質管理者の主な職務

建設現場と本社事業場の関係
建設現場は労働基準法上「出張所」として扱われるため、化学物質管理者の選任義務は本社(事業場)側に発生する。ただし、現場で化学物質を実際に管理する体制は別途構築する必要がある。元請・下請それぞれの会社ごとに選任が必要である点にも注意する。

保護具着用管理責任者の選任

化学物質管理者とあわせて、保護具着用管理責任者の選任も2024年4月から義務化された。保護具の適切な選定、フィットテストの実施、管理状態の確認を担う。特に有機溶剤を扱う塗装作業では、防毒マスクのフィルター交換時期の管理が重要になる。

現場で使えるチェックリスト

化学物質の自律的管理を現場で実践するための確認項目を整理した。安全管理者が定期的に点検する際の基準として活用してほしい。

事前準備の確認

リスクアセスメントの確認

ばく露防止措置の確認

教育・周知の確認

化学物質管理を支援するツール

化学物質の自律的管理では、SDS管理やリスクアセスメントの記録など事務作業が増加する。デジタルツールを活用して効率的に管理体制を構築することが実務上の鍵になる。

AnzenAI

建設現場の安全書類をAIが自動生成。KY表、作業計画書に加え、化学物質のリスクアセスメント記録やばく露防止措置の文書化にも対応。化学物質管理者の業務負担を軽減する。

AI安全書類自動生成ツールを見る

WhyTrace

化学物質に起因するヒヤリハットや健康障害事例の原因を「なぜなぜ分析」で掘り下げるツール。有機溶剤中毒や皮膚障害の再発防止策を体系的に導き出せる。

なぜなぜ分析ツールを見る

化学物質リスクアセスメント チェックリスト

建設現場の化学物質管理に必要な確認項目を網羅。SDS確認からばく露防止措置まで一覧で管理できます。

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ご注意
本記事は一般的な参考情報であり、法的助言を提供するものではありません。法令の解釈・適用や個別事案への対応は、社会保険労務士・弁護士等の専門家、または所轄の労働基準監督署等の行政機関にご確認ください。記載内容は執筆時点の情報に基づき、最新の法令・通達と異なる場合があります。

まとめ

本記事の要点を整理する。

化学物質の自律的管理は、従来の「規制に従えばよい」という受動的な姿勢から、「自ら危険を把握し対策を講じる」能動的な管理への転換を求めている。建設現場の安全管理者には、SDSの読解力、リスクアセスメントの実施能力、そして組織的な管理体制の構築力が問われている。まずは現場で使用する化学物質の洗い出しとSDS入手から着手してほしい。

参考法令・資料