建設現場で働く一人親方は、法律上「労働者」ではない。そのため長らく、労働安全衛生法の保護対象から外れた状態が続いていた。しかし2021年の建設アスベスト訴訟最高裁判決を契機に、その構図が大きく変わりつつある。
2023年4月と2025年4月の2段階にわたる労働安全衛生法令の改正により、元請・下請を問わず作業の一部を請け負わせる際の保護措置が義務化された。一人親方側にも保護具着用の周知を受ける立場として、実務上の対応が求められるようになっている。さらに2024年5月には「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」が策定され、注文者(元請)が一人親方の健康確保に関与することが求められる方向へと政策が進んでいる。
本記事では、これらの改正内容を時系列で整理し、元請担当者・一人親方それぞれの実務対応ポイントを解説する。
建設業における一人親方等(個人事業者として請負契約で現場に入る者)の数は、業界全体の労働力の相当割合を占める。厚生労働省の調査によると、建設業の就業者数に占める一人親方等の比率は高く、現場の実態として「一人親方なしには現場が回らない」という構造が広く存在する。
問題は、一人親方等が労働者でないため、原則として労働安全衛生法による保護の対象外であった点だ。しかし、同じ現場・同じ作業条件で働く以上、災害リスクは雇用形態に関係なく発生する。
2021年5月の最高裁判決(建設アスベスト訴訟)は、労働安全衛生法第22条が「労働者以外の者も保護する趣旨を含む」と判示し、一人親方等の安全衛生対策強化への法的根拠を明確にした。これを受けて厚生労働省は、段階的な省令改正に着手した。
2023年(令和5年)4月1日に施行された労働安全衛生規則等の改正は、一人親方等に対する安全衛生規制の入口となる改正だ。この改正では、危険有害な作業を行う事業者に対して、作業の一部を請け負わせる一人親方等と同じ場所で作業する労働者以外の者への保護措置が義務付けられた。
2023年4月改正で元請事業者に義務付けられた具体的な措置は、対象者の種別によって2種類に整理できる。
| 対象者 | 義務内容 | 典型例 |
|---|---|---|
| 作業の一部を請け負わせる一人親方等 |
①一人親方だけが作業する場合も局所排気装置等の設備を稼働させる(または使用を許可する) ②特定の作業方法が義務付けられている作業については、その方法を周知する ③労働者に保護具使用義務がある作業では、一人親方に対しても保護具使用の必要性を周知する |
有機溶剤を使う塗装の下請一人親方への換気設備使用許可・保護マスク着用周知 |
| 同じ場所で作業する労働者以外の者(他社従業員・資材搬入業者・警備員等を含む) |
①立入禁止・喫煙禁止・飲食禁止措置の実施 ②保護具使用義務がある箇所では同様の周知 ③事故発生時の退避措置 ④化学物質の有害性情報の掲示 |
有害物質取扱エリアへの立入禁止表示・情報掲示 |
一人親方等への周知は、以下のいずれかの方法で行うことが認められている(厚生労働省リーフレット参照)。
口頭伝達の場合、後から「言った・言わない」の問題が生じやすい。朝礼や新規入場者教育の記録、サインシート等で証跡を残すことが実務上重要だ。
2025年(令和7年)4月1日施行の改正は、2023年改正の対象をさらに広げるものだ。2023年改正が「危険有害な作業(11省令に基づく健康障害防止措置)」に限定していたのに対し、2025年改正では労働安全衛生法第20・21条に基づく危険防止措置(墜落防止・崩壊防止等)についても、一人親方等および労働者以外の者への保護措置が義務化された。
元請事業者は、一人親方等が危険な作業エリアに入る場合、以下の措置を講じる必要がある。
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AnzenAIを試す(無料) 機能を見る2024年(令和6年)5月28日、厚生労働省は「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」を策定・公表した。このガイドラインは法的義務ではなく努力目標として位置づけられているが、一人親方等を含むフリーランスへの健康配慮について、注文者側に一定の役割を求めている点が注目される。
| 項目 | 内容 | 性格 |
|---|---|---|
| 長時間作業の防止 | 特定の作業場所を指定する場合、一人親方の作業時間が過度に長くならないよう配慮する | 努力義務 |
| メンタルヘルス配慮 | 無理な作業指示・短納期要求がメンタルヘルスに影響しないよう留意する | 努力義務 |
| 健康診断の情報提供 | 健康診断・産業医等の利用に関する情報を提供する | 努力義務 |
| 費用への配慮 | 健康診断受診費用の一部負担等を検討する | 任意 |
| 適切な作業環境の確保 | 特定の場所での作業を指定する場合、衛生設備・休憩スペースの利用を認める | 努力義務 |
このガイドラインは直接的な罰則規定を伴わない。しかし、フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)と組み合わせることで、注文者としての責任範囲が今後広がっていく可能性がある。大手ゼネコン・準大手を中心に、一人親方への健康配慮を協力会社管理の一環として組み込む動きが出始めており、中堅・中小の元請企業にとっても今後対応が求められてくる可能性は高い。
一人親方が業務上の負傷・疾病・死亡に対する補償を確保する手段として、労災保険の「特別加入制度」がある。通常の労災保険は労働者のみが対象だが、特別加入を通じて、一人親方も業務上の災害に対して国の補償を受けることができる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 加入対象 | 建設業を中心とした一人親方(労働者を使用しない個人事業者) |
| 加入方法 | 労働局が承認した一人親方労災保険組合・団体を通じて加入(直接加入不可) |
| 保険料率(建設業) | 17/1000(令和6年4月改定、前年18/1000から引き下げ) |
| 保険料例 | 給付基礎日額10,000円を選択の場合、年間保険料は約62,050円 |
| 補償内容 | 業務上災害・通勤災害による療養補償・休業補償・障害補償・遺族補償等 |
| 加入証明 | 現場入場時に「特別加入証明書」の提出を求める元請が増加している |
元請担当者として一人親方を現場に受け入れる際、特別加入の確認は入場前の手続きで必ず実施すべき事項のひとつだ。確認すべき主なポイントを以下に挙げる。
これまでの法改正・ガイドラインの内容を踏まえ、元請担当者と一人親方それぞれの立場から、現場で即日使える実務チェックリストを整理する。
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2023年4月・2025年4月の2段階改正と2024年ガイドラインの策定は、一人親方等に対する安全衛生の枠組みが従来とは明確に変わったことを示している。ここで重要なのは、法令対応を「書類を整えること」で終わらせないことだ。
保護措置の周知義務は履行したが、実際に一人親方が保護具を着用していたかどうか、安全設備を使用できていたかどうか――現場の実態が伴わなければ、書類上の対応だけでは事故発生時の責任を回避することは難しい。
今回の一連の法改正は、元請事業者が一人親方等を「外部の人間」として線引きするのではなく、同じ現場で命をかけて働く作業者として安全管理の輪に取り込むことを求めている。その認識のもとで日々の現場管理を行うことが、今の法的要請に応える出発点となる。
実務上の対応ポイントを5点に集約すると以下のとおりだ。
参考資料・出典
・厚生労働省「個人事業者等の安全衛生対策について」(最終更新:2025年4月)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei03_00004.html
・厚生労働省「一人親方等の安全衛生対策について」(令和5年4月1日施行 改正内容リーフレット)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/newpage_00008.html
・厚生労働省「2025年4月から事業者が行う退避や立入禁止等の措置についての保護措置義務化」リーフレット(2024年)
・厚生労働省「個人事業者等の健康管理に関するガイドラインの策定について」(2024年5月28日)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40367.html
・建設業労働災害防止協会(建災防)「建設業における労働災害発生状況」(令和5年確報)https://www.kensaibou.or.jp/safe_tech/statistics/occupational_accidents.html
・建設業労働災害防止協会(建災防)「建設業の一人親方等に対する安全衛生対策について」https://www.kensaibou.or.jp/safe_tech/single_master/index.html
・厚生労働省「令和6年4月からの労災保険料率改定について」(2024年)
・e-Gov 法令検索「労働安全衛生法」「労働安全衛生規則」(最終確認:2026年3月)