安全管理 / 酸欠・中毒対策

酸素欠乏・硫化水素中毒の防止対策
【地下・ピット作業】

2026年3月4日  |  読了目安 約12分  |  対象: 安全管理者・作業主任者

酸欠・硫化水素中毒とは――定義と危険性

酸素欠乏症と硫化水素中毒は、建設現場の地下作業やピット内作業で発生しやすい2大致死的ガス災害です。どちらも無警戒に進入すると数呼吸で意識を失い、倒れた作業者を助けようとした救助者まで巻き込む「二次被災」が繰り返されてきた点が最大の特徴です。

酸素欠乏症とは、空気中の酸素濃度が18%未満の環境で引き起こされる急性症状です。酸素欠乏症等防止規則(以下「酸欠防止規則」)第2条は、酸素欠乏を「空気中の酸素の濃度が十八パーセント未満である状態」と定義しています。通常の大気は約21%の酸素を含みますが、地下ピットや下水槽・マンホール内では微生物の分解・腐食・酸化反応によって酸素が急速に消費されます。

硫化水素中毒は、腐敗した有機物から発生する硫化水素(H₂S)ガスを吸入することで起きます。卵の腐ったような臭いは低濃度時のみ感知でき、高濃度になるほど嗅覚が麻痺して臭いを感じなくなるため、臭いがしなくなったことを「安全」と誤認する事故が後を絶ちません。

酸素濃度 / 硫化水素濃度 主な症状・影響
酸素:18%未満 酸素欠乏症(法令上の危険領域)
酸素:16〜12% 頭痛・吐き気・脈拍増加。判断力が低下し始める
酸素:14〜9% 意識障害・失神・チアノーゼ。自力脱出困難
酸素:6%以下 数分以内に死亡
硫化水素:10ppm超 法令管理値超過。眼・鼻・のどへの刺激
硫化水素:50〜100ppm 強烈な刺激。頭痛・めまい・嘔吐
硫化水素:300ppm以上 肺水腫・意識喪失。生命の危機
硫化水素:1,000ppm以上 即死レベル。嗅覚は既に麻痺している
最も危険な「臭いの消失」
硫化水素は低濃度では腐卵臭がしますが、100〜150ppm程度から嗅覚神経が麻痺し、臭いを感じなくなります。「臭いが消えた=安全」ではなく「臭いが消えた=より危険な濃度に達した可能性が高い」と認識してください。測定器なしの嗅覚による判断は厳禁です。

最新統計から見る発生実態

厚生労働省が公表する「酸素欠乏症・硫化水素中毒による労働災害発生状況」の最新データによると、2024年の発生状況は以下のとおりです。件数こそ近年は減少傾向にあるものの、被災者に占める死亡者の割合は依然として高水準で推移しています。

4
酸素欠乏症 被災者数(2024年)
1
酸素欠乏症 死亡者数(2024年)
4
硫化水素中毒 被災者数(2024年)
2
硫化水素中毒 死亡者数(2024年)

出典: 厚生労働省「酸素欠乏症・硫化水素中毒による労働災害発生状況」(2024年データ)

過去20年間(2005〜2024年)の累積では、酸素欠乏症・硫化水素中毒合わせて数百件の労働災害が発生しており、業種別では製造業・建設業・清掃業の3業種で全体の約8割を占めます。月別では酸素欠乏症は10月、硫化水素中毒は7月に発生件数がピークを迎える傾向があります。

被災者の約6割が死亡
酸欠・硫化水素中毒による労働災害の被災者に占める死亡者の割合は、近年の統計で約60%に達する年もあります(出典: 厚生労働省・酸欠災害統計)。落下事故や挟まれ事故と比較してもきわめて高い致死率です。1件の事故がほぼ確実に死亡事故につながるという前提で対策を組む必要があります。

建設現場における危険場所の分類

酸欠防止規則は、酸素欠乏危険場所を労働安全衛生法施行令「別表第6」に列挙しています。建設現場に関係する主な場所を整理します。

危険場所の種類 代表的な作業箇所 区分
地層に接する井戸・立て坑・土間等 深礎掘削・立て坑・杭坑内作業 第一種
長期間密閉されていた地下室・倉庫 既存地下室の解体・改修作業 第一種
ケーブル・ガス管等を収容する暗きょ・マンホール 電気・ガス・通信配管ピット作業 第一種
下水・汚泥・腐泥が入っているまたはあったピット・タンク 下水管更生・ポンプ槽清掃・ピット内溶接 第二種
し尿・腐泥・汚水が入っているまたはあったピット 汚水ピット・排水ます点検・浄化槽内作業 第二種
ドライアイス等を使用している冷蔵庫・倉庫 冷凍倉庫工事・設備改修 第一種

「第一種」は酸素欠乏のリスクのみ対象、「第二種」は酸素欠乏に加えて硫化水素中毒のリスクも含む場所です。第二種の方が規制が厳しく、作業主任者の資格要件も異なります。建設現場では地下ピット・下水管渠・マンホール内作業が特に第二種に該当するケースが多いため、事前の区分確認が欠かせません。

「過去にあった」も対象
「現在は汚水が入っていないから安全」という判断は誤りです。酸欠防止規則は「入っている場所」だけでなく「入っていた場所」も危険場所と定めています。清掃済みのピットや廃止された下水管内も作業前の測定・換気が必要です。

作業前の濃度測定義務と実施方法

酸欠防止規則第3条は、事業者に対して酸素欠乏危険場所での作業前に空気中の酸素濃度(および第二種では硫化水素濃度)を測定することを義務付けています。この義務は「作業主任者の職務」として具体化されており、技能講習を修了した者が測定を実施する必要があります。

【根拠法令】酸素欠乏症等防止規則 第3条(作業環境測定)
事業者は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる場合は、当該作業を行う場所の空気中の酸素の濃度を測定しなければならない。第二種酸素欠乏危険作業に係る場所については、硫化水素の濃度も測定しなければならない。測定は、その日の作業開始前に行わなければならない。

測定タイミングの3原則

  1. 作業開始前(毎日必須)
    当日の作業を始める前に必ず実施します。前日に問題なかった空間でも、一夜の間にガス濃度が変化している場合があります。「昨日大丈夫だったから今日も」は通用しません。
  2. 全員が現場を離れた後・再開前
    昼休みや中断後に全員が退避した空間は、換気が止まることで酸素濃度が再度低下するおそれがあります。再入場前に必ず再測定を実施してください。
  3. 異常が疑われるとき(随時)
    作業員の体調変化・換気装置の停止・異臭の発生など、通常と異なる状況が生じた場合は作業を一時中断して再測定します。測定結果が安全基準を満たしていることを確認するまで作業を再開させないことが重要です。

測定方法と記録義務

酸素濃度計・硫化水素検知管・複合ガス検知器などを使用します。測定結果は記録・保存義務があり(酸欠防止規則第3条の2)、記録は3年間保存する必要があります。測定箇所は入口付近だけでなく、内部の最深部・低所(重いガスは底部に溜まる)・行き止まりも含めて複数点で実施してください。

測定前の入坑は絶対禁止
測定のために測定者本人が先に入坑するという本末転倒な行為が事故事例に登場することがあります。酸素濃度計のプローブは長い延長ホースで空間内に挿入して測定でき、測定者自身は坑外にとどまることが原則です。複合ガス検知器を設置したロープを垂下させる方法も有効です。

換気の基準と実務上の注意点

酸欠防止規則第5条は、酸素欠乏危険作業を行う場所の空気中の酸素濃度を18%以上(第二種では硫化水素濃度を10ppm以下)に保つよう、必要な換気を継続的に行うことを義務付けています。「作業開始前だけ換気して終わり」ではなく、作業中も連続して換気を維持することが条件です。

【根拠法令】酸素欠乏症等防止規則 第5条(換気)
事業者は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる場合は、当該作業を行う場所の空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上(第二種酸素欠乏危険作業に係る場所にあつては、空気中の酸素の濃度を十八パーセント以上、かつ、硫化水素の濃度を百万分の十以下)に保つように換気しなければならない。ただし、爆発、酸化等を防止するため換気することができない場合又は作業の性質上換気することが著しく困難な場合は、この限りでない。

換気方式の選択と実施手順

給気式(送風)

外部の新鮮空気をダクトで作業場内に送り込む方式。ピット内の酸素濃度を積極的に上げる効果があり、狭い空間に適している。

排気式(吸引)

内部の空気を外部に吸い出す方式。硫化水素のような重いガスを低所から直接排出するのに効果的。出口位置の選定が重要。

給排気組み合わせ

給気と排気を同時に行う方式。大型のピット・地下室や複雑な形状の空間で均一な換気を実現する際に有効。

純酸素による換気は法令で禁止
「酸素が足りないなら酸素を直接送ればよい」という発想は危険です。酸欠防止規則第5条第2項は、換気に純酸素を使用することを明示的に禁止しています。純酸素が充満した環境では可燃物や油脂類が激しく燃焼し、爆発・火災のリスクが格段に高まります。換気には必ず大気(新鮮空気)を使用してください。

換気が困難な場合の対応

タンク内ライニング作業や溶接作業など、換気が著しく困難な場合、または爆発防止のために換気できない場合は、酸欠防止規則第5条のただし書きが適用されます。この場合は換気の代替措置として、空気呼吸器または送気マスクを使用者全員に着用させることが義務となります。「換気が難しいから保護具もなし」という選択肢は法令上存在しません。

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呼吸用保護具の選定と使用ルール

酸素欠乏環境(酸素濃度18%未満)や硫化水素の存在が疑われる場所では、防毒マスクや防じんマスクなど「ろ過式」の保護具は一切使用できません。ろ過式は外気から有害物を除去する仕組みであり、酸素そのものが不足している環境では機能しないからです。必ず「給気式」の呼吸用保護具を使用してください。

保護具の種類 特徴 適した用途
送気マスク(エアラインマスク) コンプレッサー等から圧縮空気をホースで供給。長時間作業・継続作業に適する。行動範囲はホース長さに制限される ピット内・マンホール内の継続作業
空気呼吸器(SCBA) ボンベに充填した圧縮空気を携帯。ホースの制約なく移動できるが、使用可能時間はボンベ容量に依存する(通常15〜30分程度) 緊急時の救助・移動が必要な作業
酸素呼吸器 液体酸素または圧縮酸素を携帯。重量があるため作業負担が大きい 特殊環境下での救助・探索

JIS T 8150:2021(呼吸用保護具の選択、使用及び保守管理方法)では、酸素欠乏環境(濃度不明を含む)では指定防護係数1,000以上の全面形面体を有する給気式呼吸用保護具を選択するよう規定しています。酸素濃度が確認できない段階での入坑には、必ず空気呼吸器または送気マスクを着用させてください。

送気マスク改正(2024年12月)
厚生労働省は2024年12月に「送気マスクの適正な使用等について」の通達を改正しました(重松製作所ニュース等参照)。最新のJIS T 8153:2023に基づく選定が推奨されており、古い基準の保護具の継続使用は見直しが必要な場合があります。保護具の選定・更新時には最新のJIS規格を参照してください。

保護具の管理と点検ポイント

作業主任者の選任義務と職務内容

酸素欠乏危険場所での作業には、作業主任者の選任が法律で義務付けられています。作業主任者なしでの作業開始は法令違反です。

【根拠法令】酸素欠乏症等防止規則 第11条(作業主任者の選任)
事業者は、酸素欠乏危険作業については、酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習(第二種)または酸素欠乏危険作業主任者技能講習(第一種・第二種兼用)を修了した者の中から作業主任者を選任しなければならない。第二種酸素欠乏危険作業には、酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習修了者のみが選任できる。

資格の区分と適用範囲

資格名 対応できる作業区分 主な取得方法
酸素欠乏危険作業主任者技能講習 第一種のみ 都道府県労働局長登録機関での講習(2日程度)
酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習 第一種・第二種の両方 都道府県労働局長登録機関での講習(3日程度)
酸素欠乏・硫化水素危険作業特別教育 作業主任者としての選任は不可。作業従事者向け 事業者による実施も可

作業主任者の4つの主要職務

  1. 作業方法の決定と労働者の指揮
    作業従事者が酸欠空気を吸入しないよう、作業手順・入坑者数・退避基準を決定し、作業中は指揮監督を継続します。
  2. 空気中の濃度測定
    作業開始前・全員退避後の再開前・異常が疑われるときに酸素濃度(第二種では硫化水素濃度も)を測定し、記録します。
  3. 器具・設備の点検
    測定器具・換気装置・空気呼吸器等の保護具・安全帯等を毎日使用前に点検します。不具合があれば即座に修理または交換します。
  4. 空気呼吸器等の使用状況の監視
    作業従事者が保護具を正しく装着・使用しているかを常時監視します。換気が不十分な状況での保護具不使用は即座に指摘・是正します。

緊急時の救助手順――二次被災を防ぐ

酸欠・硫化水素中毒事故において、倒れた作業者を助けようとした救助者が同様に被災する「二次被災」は、日本の酸欠事故死亡者の大きな割合を占めてきました。「仲間が倒れた」という状況で冷静な判断をするのは難しいですが、保護具なしで飛び込むことは「助けに行った人が追加の死者になる」だけで誰も救われません。

素手での救助は絶対禁止
作業員が倒れているのを見た場合、どれほど急いでも空気呼吸器または送気マスクを着用してから入坑してください。保護具なしで入坑した救助者は、被災者と同じ環境で同じ運命をたどります。過去の事故では「1人が倒れ→2人目が助けに入り倒れ→3人目も」というケースが繰り返されています。

緊急時対応フロー

  1. 発見者は即座に退避・周囲への通報
    被災者を発見した者は、自身も被曝しないよう直ちにその場から退避し、大声または無線で周囲に状況を伝えます。入坑しようとする人を制止することも発見者の重要な役割です。
  2. 119番・会社への通報
    消防への通報と同時に、作業所長・安全担当者に連絡します。通報時は「酸欠またはガス中毒の疑い」と明確に伝えることで、消防側の対応(空気呼吸器持参等)が変わります。
  3. 換気の継続・強化
    可能であれば換気装置を最大出力で稼働させます。ただし換気の確認のために入坑してはいけません。開口部を最大限に開放して自然換気を促進することも有効です。
  4. 保護具を装着した上で救助
    空気呼吸器等を装着した者が2人以上(救助者+監視者)で救助に当たります。救助者と同等の装備を持った監視者を坑外に配置し、単独行動を禁止します。救助者にはロープを装着させ、緊急時に引き上げられる体制を整えます。
  5. 救出後の救急処置
    被災者を安全な場所に搬出したら、呼吸・脈拍を確認し、必要に応じてCPRを実施します。意識があっても医療機関で検査を受けさせてください。表面上は回復して見えても遅発性の症状(肺水腫等)が現れることがあります。

安全管理者向け実践チェックリスト

以下のチェックリストを作業前の確認および安全パトロールに活用してください。全項目を確認し、特に測定記録と換気の継続が確保されていることを毎日確認することが管理者の基本責務です。

作業開始前の確認(毎日)

作業中の管理確認

緊急時対応の準備確認

現場管理を効率化するデジタルツール

酸欠・硫化水素対策は、測定記録・換気確認・保護具点検・入坑管理など、多くの記録業務を伴います。これらを紙ベースで管理すると、確認漏れや記録の散逸が起きやすく、事故発生後の原因究明も困難になります。デジタルツールを活用することで管理の標準化と記録の確実な保存が実現します。

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まとめ

建設現場の地下・ピット作業における酸欠・硫化水素中毒対策を整理します。致死率が約60%に達するこれらの災害は、基本的な対策を確実に実施するだけで大部分を防ぐことができます。

「地下ピットに少しだけ入るだけ」「前回は大丈夫だった」という感覚が最も危険です。酸欠・硫化水素は無色無臭(または高濃度で嗅覚が麻痺)のため、体感では危険を察知できません。測定器・換気装置・保護具の3点セットを揃え、作業主任者のもとで確実に運用することが、地下・ピット作業における安全管理者の責務です。


参考資料・出典
・厚生労働省「酸素欠乏症・硫化水素中毒による労働災害発生状況」(2024年データ)
・厚生労働省「酸素欠乏症等防止規則」(昭和47年労働省令第42号)
・労働安全衛生法施行令 別表第6(酸素欠乏危険場所)
・厚生労働省「下水道工事等における酸素欠乏症・硫化水素中毒の防止対策」(秋田労働局)
・厚生労働省「送気マスクの適正な使用等について」改正通達(2024年12月)
・JIS T 8150:2021「呼吸用保護具の選択、使用及び保守管理方法」
・JIS T 8153:2023「送気マスク」
・建設業労働災害防止協会(建災防)「酸素欠乏・硫化水素危険作業特別教育テキスト」
・(一財)中小建設業特別教育協会「酸素欠乏・硫化水素危険作業特別教育 テキスト」

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