「転倒」は今や全労働災害で最多の事故類型だ。休業4日以上の死傷者に占める割合は2009年以降20%を超え、直近では全体の約26〜27%に達している。墜落・転落が多いイメージの強い建設業でも、転倒・つまずきは死傷者数の約10〜11%を占める第3位の事故類型であり、軽傷で済むとは限らない。1か月以上の長期休業につながるケースも多く、55歳以上の割合が37%近くに達した建設現場では、高齢作業者特有のリスクへの対応も急務だ。本稿では最新統計をもとに原因を整理し、安全管理者がすぐに着手できる具体的な防止策を解説する。
厚生労働省が2025年5月に公表した令和6年(2024年)の労働災害発生状況によると、全産業の休業4日以上の死傷者数は過去最多水準が続いており、そのうち「転倒」が事故の型別で最多を占める。建設業単体でも以下の規模感となっている。
出典:厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」(2025年5月公表)
転倒による平均休業見込日数は47.5日(令和6年)。骨折を伴うケースでは長期離脱となり、工程遅延や代替要員コストへの影響も無視できない。また、転倒・つまずき災害は「たいした事故ではない」と軽視されがちだが、転倒によるケガの約6割が休業1か月以上に及ぶことが厚労省の推進資料でも示されている。
| 順位 | 事故の型(建設業・死傷) | 死傷者数(2024年) | 全死傷に占める割合 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 墜落・転落 | 4,351人 | 約31.4% |
| 2位 | はさまれ・巻き込まれ | 約2,200人 | 約16% |
| 3位 | 転倒 | 1,598人 | 約11.5% |
| 4位 | 激突 | 約900人 | 約6.5% |
出典:厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」(2025年5月)/建設業労働災害防止協会統計資料より推計
転倒・つまずき災害には「床・地面の状態」「視認性」「作業者の身体機能」の3つの要因が複合して絡み合う。建設現場では日常的な職場と異なり、これらの悪化要因が同時に複数存在しやすい。
雨天後の泥濘、コンクリート打設時の養生シート、敷鉄板の油汚れ、資材の散乱による不規則な凹凸など。
建設途中の構造物には未確定の段差が多い。養生蓋のずれ、仮設通路の継ぎ目、スロープの急角度。
早朝・夕方・地下工事・内部工事など、作業エリアの照度が不十分な状況が常態化しやすい。
工程が輻輳する時期ほど仮置き資材・ケーブル・ホースが通路上に溢れ、つまずきの原因になる。
泥や油でソールが摩耗した安全靴、裾の長い作業服など、個人の装備起因のリスクも無視できない。
工期末期の過密作業、長時間労働による集中力低下、ながら歩き。高齢者では反射速度の低下も加わる。
転倒・つまずき防止に直接関わる主な法令は労働安全衛生法および労働安全衛生規則(安衛則)だ。安全管理者は以下の条文を実務の基準として押さえておく必要がある。
転倒防止対策は「ハード(環境整備)」と「ソフト(教育・ルール)」の両面から進める必要がある。どちらか一方に偏ると効果が持続しない。
機械・設備間の通路は安衛則に基づき幅80cm以上を確保。通路ライン(白線テープや黄色ペイント)を入口から出口まで連続して表示し、資材の仮置きによる侵食を防ぐ。工程会議で「通路専有禁止」を議題にする習慣をつける。
3cm以上の段差には段差表示テープ(黄黒)を貼付。開口部の養生蓋は床面と同面に設置し、ずれ防止のピン止めを必須とする。スロープ部には滑り止め鉄筋の溶接またはグレーチング敷設を実施。敷鉄板の接続部の浮きは週次点検で確認・修正する。
夜間・早朝作業エリアおよび地下・内部工事箇所は仮設照明で150ルクス以上を確保。通路の照明は均一配置を心がけ、「明暗の切り替わり部分」での事故を防ぐ。電球切れを見落とさないよう週次の点灯確認をルール化する。
仮設階段の踏面には滑り止めテープを必ず施工。出入口に靴洗い場(水洗いブラシ台)を設け、泥・油のソール付着を低減。作業エリアへの入口マットは定期的に清掃・交換する。
通路上への資材・工具・コード類の放置は即日是正をルール化。「その日出したものはその日片づける」原則を朝礼で毎日周知。仮置き場所を明確に区画し、通路との境界を色で区別する。
建設業の55歳以上労働者比率は約37%(2024年)に達しており、5年後には高齢化がさらに進む見込みだ。高齢者の転倒リスクが高い理由は身体的変化に起因しており、若い作業者向けの一般的な対策を適用するだけでは不十分だ。
段差や障害物の認識が遅れる。特に明暗の差が大きい環境で顕著になる。
つまずいた際に体勢を立て直す能力が低下。転倒した場合の骨折リスクも高い。
重量物の運搬時や足場を昇降する際に膝・腰への負担増。疲労の蓄積が速くなる。
高血圧・糖尿病・睡眠障害等の治療薬が立ちくらみ・ふらつきを誘発するケースがある。
厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(2020年公表・エイジフレンドリーガイドライン)では、事業者が取り組むべき5分野を定めている。建設現場での転倒防止に直結する具体策を以下に整理した。
| 取組分野 | 建設現場での具体策 | 優先度 |
|---|---|---|
| 職場環境の改善 | 通路照明の強化(150ルクス以上)、手すりの増設、段差の解消・明示、床面の滑り止め施工 | 高 |
| 健康・体力の状況把握 | 転倒等リスク評価セルフチェック票(厚労省提供)を年1回実施。結果を本人と共有し、配置に反映 | 高 |
| 状況に応じた対応 | 体力低下が確認された作業者には高所・重量物作業を制限。通路巡回や事務補助への配置転換も選択肢として提示 | 中 |
| 安全衛生教育 | 高齢者向け転倒防止体操(ストレッチ)を朝礼に組み込む。服薬による立ちくらみの申告ルールを設ける | 中 |
| 安全衛生管理体制の確立 | 安全管理者が55歳以上の作業者リストを把握し、危険箇所との距離を定期的に確認する仕組みをつくる | 中 |
出典:厚生労働省「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」(2020年3月公表)
厚生労働省が提供する「転倒等リスク評価セルフチェック票」は、バランス能力・下肢筋力・歩行状況など10項目前後の質問に回答するだけで転倒リスクを数値化できるツールだ。職場安全サイト(anzeninfo.mhlw.go.jp)からダウンロード可能。年1回の定期健康診断と合わせて実施するのが現実的だ。チェック票の結果は本人に開示し、リスクが高い作業者については職長・安全管理者が面談でフォローする流れを標準化しておきたい。
以下は安全パトロール時に使える転倒・つまずき防止の確認項目だ。週次を最低ラインとして、雨天・強風後には随時実施する。
転倒・つまずき事故防止の取組を継続的に回すには、記録・分析・教育のサイクルをデジタルで効率化することが現実的だ。以下のツールを組み合わせることで、安全管理者の負担を抑えながら対策の質を上げることができる。
建設現場における転倒・つまずき事故は「軽微な事故」として後回しにされがちだが、平均休業見込み47.5日という数字が示す通り、ひとたび発生すれば工程・コスト・人材に深刻な影響を与える。
対策の優先順位は明確だ。まず通路の幅・床面の状態・照明という物理的環境を法令基準に沿って整備する。次にKY活動・ヒヤリハット報告・5S活動で日常的な管理サイクルを回す。そして55歳以上の作業者比率が高い現場では、エイジフレンドリーガイドラインに基づいた個別対応——転倒リスクチェック票の実施、配置の見直し、朝礼ストレッチの導入——を組み込むことが不可欠だ。
建設業の高齢化は今後も進む。安全管理者が今この課題に手を打てるかどうかが、現場の安全文化の質を大きく左右する。