なぜ建設業にリスクアセスメントが必要か
建設業は、製造業や運輸業と並んで労働災害が多発する業種です。厚生労働省が2025年1月に公表した速報値によると、2024年の建設業における死亡者数は前年比で増加しており、全産業の死亡者数に占める割合は依然として高水準が続いています。
全産業の約31%を占める
(2024年、建設業)
(2024年、建設業)
出典:厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」(2025年公表)
死亡・重篤災害の大半は、事前に危険性を把握し手を打てば防げたケースです。リスクアセスメントは「事故が起きてから対処する」後手の安全管理から、「事前に危険を特定して手を打つ」先手の安全管理へ転換するための基本手法です。
リスクアセスメントを継続的に実施している現場では、ヒヤリハット件数の減少や、作業員の危険感度向上といった副次的な効果も報告されています。安全コストの削減だけでなく、現場全体の安全文化の醸成にもつながります。
法的根拠と実施義務の範囲
建設業におけるリスクアセスメントの実施は、労働安全衛生法第28条の2に基づく努力義務とされています。同条では「危険性又は有害性等の調査(リスクアセスメント)」の実施と、その結果に基づく措置を講じるよう事業者に求めています。
2006年(平成18年)4月の法改正施行と同時に、厚生労働大臣から「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(基発第0310001号)が公表され、建設業を含む製造・建設等の事業者が従うべき標準的な手順が示されました。また、建設業労働災害防止協会(建災防)が同指針に基づく「建設業におけるリスクアセスメントのすすめ方」を作成し、現場での実践を後押ししています。
2024年4月からは、化学物質管理者の選任が義務化されました。対象となる化学物質を取り扱う建設現場では、化学物質リスクアセスメントも別途義務として実施が求められます(労働安全衛生法第57条の3)。
リスクアセスメントの実施手順(5ステップ)
厚生労働省指針および建災防の「建設業におけるリスクアセスメントのすすめ方」を踏まえた、建設現場での標準的な5ステップを以下に示します。
リスクアセスメントを実施する前に、以下の情報を整理します。
- 施工計画書・作業手順書・設計図書
- 使用する機械・設備・資材の仕様・取扱説明書
- 過去の災害・ヒヤリハット事例(自社および他社)
- 作業環境測定結果や危険物・有害物のSDS(安全データシート)
- 関係法令・業界基準(労働安全衛生法、建設業労働安全衛生規則など)
次に、作業を「単位作業」に分解します。たとえば「足場組み立て作業」であれば、「資材搬入」「部材組み立て」「昇降作業」「解体・撤去」など工程ごとに分けることで、危険性の特定が具体的になります。
また、着工前に実施計画(実施時期、対象作業、担当責任者、記録様式)を決めておくと、現場が動き始めてからの混乱を防げます。
各単位作業について、「どのような危険性・有害性があるか」を洗い出します。特定のポイントは、「何をするとき(作業内容)、何が原因で(危険源)、どのような災害が起きるか(想定される事故・健康障害)」の3点を明確にすることです。
- 墜落・転落系:高所作業、開口部付近、足場上の移動
- 飛来・落下系:上方での作業、重量物の取り扱い
- 崩壊・倒壊系:土止め工事、型枠支保工
- 挟まれ・巻き込まれ系:建設機械の旋回範囲内での作業
- 有害物質系:粉じん・石綿・有機溶剤の取り扱い
- 熱中症・高温環境:夏期の屋外作業、地下坑内作業
経験豊富な職長・作業員をこの段階に参加させることで、現場特有の危険を見落とすリスクが大幅に下がります。過去のヒヤリハット票や安全パトロール記録も積極的に活用してください。
特定した危険性・有害性ごとに「リスク」を数値化します。厚生労働省指針では、リスクを以下の2軸で評価することが推奨されています。
- 負傷または疾病の重篤度:致命的/重大/中程度/軽微
- 災害が発生する可能性:ほぼ確実/可能性が高い/ある程度可能性がある/ほとんどない
この2軸を掛け合わせたものがリスクレベルです。リスクレベルが高い作業から優先的に低減措置を検討します(詳細は次章のマトリクス表を参照)。
リスク見積もりは客観性が重要です。担当者一人だけでなく、職長・安全管理者を交えてチームで評価することで、過小・過大評価を防げます。
リスクを許容可能なレベルまで下げるための措置を検討します。措置の選択には「本質的対策を優先する」という原則があります(詳細は後述のリスク低減措置の優先順位を参照)。
措置を決定したら、担当者・実施期限・必要なコストを明確にして実施します。「検討しただけで実施しない」では、リスクアセスメントの本来の目的を果たせません。措置の実施状況は記録に残し、後のレビューで確認できるようにしておきます。
実施したリスクアセスメントの内容と措置結果を文書(リスクアセスメントシート)に記録します。記録事項には以下が含まれます。
- 対象作業名・実施日・実施者
- 特定した危険性・有害性の内容
- リスクの見積もり結果(レベル・根拠)
- 決定した低減措置の内容・担当者・実施期限
- 措置実施後の残留リスクの評価
記録は作業員への周知にも活用します。KY(危険予知)活動や朝礼での読み合わせに使うことで、現場全体のリスク認識を共有できます。また、工事内容の変更・追加が生じた際は、速やかに見直しを実施します。
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リスクの見積もり:マトリクス法の使い方
建設業で広く使われる見積もり手法が「マトリクス法(加算法・乗算法)」です。縦軸に重篤度、横軸に可能性を配置し、交点でリスクレベルを判定します。
| 重篤度 \ 可能性 | ほとんどない(1) | ある程度あり(2) | 可能性高い(3) | ほぼ確実(4) |
|---|---|---|---|---|
| 軽微(1) 休業なし・通院不要 |
Ⅰ(低) | Ⅱ(低) | Ⅲ(中) | Ⅳ(中) |
| 中程度(2) 休業1日以上・要通院 |
Ⅱ(低) | Ⅳ(中) | Ⅵ(中) | Ⅷ(高) |
| 重大(3) 障害が残る・長期療養 |
Ⅲ(中) | Ⅵ(中) | Ⅸ(高) | Ⅻ(高) |
| 致命的(4) 死亡・永久障害 |
Ⅳ(中) | Ⅷ(高) | Ⅻ(高) | ⅩⅥ(最高) |
- 高(赤):直ちに作業を停止または根本的な対策を講じる必要がある
- 中(黄):速やかに対策を実施し、措置が完了するまで監視を継続する
- 低(緑):現状の管理措置を維持しつつ、定期的に見直しを行う
マトリクスの数値設定は社内で統一することが大切です。重篤度・可能性の定義がチームによってバラバラだと、リスクレベルの比較や優先順位付けができなくなります。初回導入時に職長・安全管理者が共同で定義を確認するワークショップを行うと効果的です。
リスク低減措置の優先順位
リスク低減措置を検討する際は、「ハザードの除去・本質的対策を最優先」とする原則があります。厚生労働省指針では、以下の優先順位で措置を選択するよう求めています。
- 設計・計画段階でのハザードの除去:危険な作業そのものをなくす、または危険な資材・設備を別のものに変更する。最も根本的で効果的な対策。
- 工学的対策(本質的安全設計):インターロック、防護カバー、手すり・親綱の設置など、設備・環境を改善してリスクを物理的に低減する。
- 管理的対策:作業手順書の整備、作業時間の制限、立入禁止区画の設定、安全教育・訓練の実施など。工学的対策と組み合わせて使う。
- 個人用保護具(PPE)の使用:安全帯(フルハーネス型)、保護帽、防塵マスクなど。他の措置で低減しきれないリスクへの最終手段として位置づける。
現場でよく見られる「とりあえずPPEを着けさせる」という対応は、リスク低減の優先順位として最も下位に位置します。PPEはあくまで残留リスクへの対処であり、上位の対策が取れない場合の補完措置です。
「以前と同じ措置を記入しておけば大丈夫」という惰性的な記録は、リスクアセスメント本来の効果を失わせます。作業内容・環境・人員構成が変われば危険源も変わります。毎回ゼロベースで危険性を洗い出す姿勢が重要です。
実施すべきタイミングと記録の保存
実施が求められる主なタイミング
- 着工前:施工計画の確定後、各工程の開始前に実施。工種ごとに対象作業を洗い出し、リスクアセスメントシートを作成する。
- 工事内容の変更・追加時:設計変更、工法変更、資材変更など。変更の都度、影響を受ける作業について速やかに再実施する。
- 新規機械・設備の導入時:新たな設備を持ち込む前に、その設備特有の危険性を事前評価する。
- 労働災害・ヒヤリハット発生後:類似作業全体を見直し、同種災害の再発防止に活用する。
- 定期的な見直し:工事の進捗に合わせ、定期的にリスクアセスメントシートを更新する。
記録の保存と活用
作成したリスクアセスメントシートは、労働安全衛生法の記録保存義務の対象ではありませんが、次回以降のリスクアセスメントの参考資料として、また労働基準監督署の調査・是正指導への対応資料として、工事終了後も一定期間(目安として3〜5年)保存することが推奨されます。
記録はデジタル管理が有効です。過去のシートを検索・参照しやすい形で保存しておくと、類似工事での流用や、事故発生時の原因分析に役立てられます。
書類作成の効率化とデジタル活用
実務上、リスクアセスメントシートの作成は時間がかかる作業です。安全管理者や職長が書類作成に追われると、現場での安全確認に使える時間が減るという本末転倒な状況が生まれがちです。
近年、AIを活用した安全書類自動生成ツールが登場しており、作業内容を入力するだけでリスクアセスメントシートの草案を自動生成できるサービスも増えています。こうしたツールを活用することで、書類作成の工数を削減し、安全管理者が本来注力すべき「現場の危険確認」「作業員への安全指導」に時間を割けるようになります。
AIツールで生成した草案を、現場の実態に合わせてカスタマイズするという使い方が実務では有効です。ゼロから作成するより大幅に時間を短縮しつつ、現場固有の危険性を反映した精度の高いシートを作成できます。
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参考資料・出典
・厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」(2025年公表)
・厚生労働省「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」(基発第0310001号、平成18年3月)
・厚生労働省 職場のあんぜんサイト「建設業におけるリスクアセスメントのすすめ方」
・建設業労働災害防止協会(建災防)「リスクアセスメント」ページ
・労働安全衛生法第28条の2(危険性又は有害性等の調査)